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【コラム】48歳で課長になれなかった不器用なまでに真面目な男の「その後の人生」 ⇒ 転職して海外駐在の事業部長に


2018/02/14 15:52

◆48歳で課長になれなかった男の「以後の人生」

グローバルやAIといった言葉が飛び交い、年々、複雑になるビジネスの世界。
働き手へのプレッシャーは年々高まるばかりです。

一方で、そこでの主役は今も変わらず現場を支える「普通の人」。
本連載では、そんな「普通の人」のキャリアや人生に光を当て、現代に働く人の「リアル」を浮かび上がらせていきます。

■日系メーカーでメンターだった「おじさん」の物語

はじめまして「とくさん」と申します。
私は、日系メーカーと外資系IT企業2社で、営業からコンサルタント、経営管理まで幅広い仕事を経験してきました。
さまざまな年代や国籍の人たちと仕事をしてきた中で、今でも忘れずに覚えているのは、華やかな場所で目立つ活躍をしていた人ではなく、不器用で目立たなくても、自分の信じるところを誠実に進もうとする人たちのことです。

この連載では、そんな人たちの人生の断面を切り取り、そこに託された思いや痕跡を描き出していければと思っています。
初回は日系メーカーで私のメンターだった「おじさん」の物語です。

僕が新卒で入社したのは創業100年を超える老舗の日系メーカーで、配属は新規事業の海外営業部だった。
そこでメンターとしてついたのが椎名さん(仮名)。

メンターは、若手から中堅の社員が担当するのが普通だけれど、そのメーカーは日本企業のご多分にもれず40代以上の社員がとても多かった。
なので、面倒見がよさそうな椎名さんが選ばれたのだろう。
彼はそのとき42歳になっていたが、まだ「課長代理」だった。

椎名さんはドがつく真面目な人で、髪を七三にきっちり分けて、アイロンがビシっとかかった昭和なデザインのスーツを、真夏であっても毎日律儀に着て出社してくる人だった。
仕事ぶりも本当に真面目で、毎日遅くまでこつこつと営業資料を作っていた。

はっきりいって不器用で、ムダなところまで丁寧な感じだったけれど、それが長年培った彼のスタイルだった。
椎名さんとはよく一緒に外回りに出かけた。

外回りの時って本音の話が出てくるもの。
彼がいつも言っていたのは、こんなボヤキだった。

「僕はねえ、課長になりたいんだよね。なんとかなれないかなあ」

おいおい新人をつかまえてなにを言うんですか、という感じだけれど、これには背景がある。
僕のいた新規事業は、エース人材というよりも、各部署でうまく活躍できていなかった人たちが多く集められていた。

それでも、開発部門が画期的な技術をベースに世界的に競争力のある商品を生み出していたし、事業部長の事業にかける情熱はすさまじいものがあったので、うまく成長軌道にのって売り上げは倍々ゲームの形で伸びていた。
そうすると、会社側も期待し始める。主流部門から人が異動し始めてきて、そこには椎名さんの同期も数人いた。
その同期はみな「課長」だった。

椎名さんは、あからさまな野心を見せる人ではなかったけれど、これはさすがに悔しかったのだろうと思う。
椎名さんは毎晩遅くまで商社のために資料を作り、海外出張して商品の魅力を顧客に必死に語り、事業の拡大に献身的ともいえる努力をしていた。

そして、大きな実績も残していた。
なのに、結局よその部署から来た同期は、課長として彼の「上司」になっていた。

「課長になりたい」というボヤキはそんなところから来ていたのだと思う。
でも、椎名さんは、それで腐ったりはせずに、持ち前の真面目さ(と不器用さ)で毎日仕事に向き合っていた。

ライブドアニュース(東洋経済オンライン) 2018/2/14(水) 6:00
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※続きます

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