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【兵庫】昭和期に廃村の「菖蒲谷村」知ろう 保存団体が催しや講演会[10/12]


2018/10/13 18:04

昭和中期の菖蒲谷村の様子。現在、建物は姿を消した=たつの市揖西町新宮(たつの市立龍野歴史文化資料館提供)
https://kobe-np.co.jp/news/seiban/201810/img/b_11723032.jpg

 かつて兵庫県たつの市揖西町の山上にあった集落で昭和40年代に廃村となった「菖蒲谷村」について知ってもらおうと、村の旧住民や、同村から新宮町に移転した寺の門徒らが保存団体を設立し、21日に講演会、来月4日にウオークイベントを開く。建物や棚田の跡など消滅寸前の遺構を記憶にとどめ、今後の保全・活用への出発点にしたい考えだ。

 揖西町とその北方の新宮町を結ぶ山越えの間道沿いに同村はあった。龍野市史によると、古くは慶長年間(1596〜1615年)に作製された国絵図に村名をとどめ、当時の石高は38石(5700キログラム)、田畑面積は江戸期を通じて7ヘクタールほどの小村だった。嘉吉の乱(1441年)で城山城(新宮町)を追われた赤松氏の残党が住み着いたとも、平家の落人が隠れ住んだともいわれる。

 人口は明治期で約20軒約70人。戦後長らく電気が通らず、高度経済成長期のさなかの1966年に住人がいなくなった。会社勤めで村を離れる人が増えたのが主因とされる。

 江戸初期に同村にあった浄教寺が現在の新宮町上莇原に移転。その門徒らが、寺院のルーツをたどる中で廃村の歴史に着目した。村の旧住民らとともに昨年、「菖蒲谷遺跡を保存する会」を設立した。

 同会によると、旧生活道路が自然歩道として残っており、棚田跡や寺の住職を呼んで話を聞いた説教場跡、龍野藩主が建立したとされる石塔を確認。敵の大軍を撃退した伝説が残る大岩もあった。家屋などは倒壊し朽ちかけているという。

 同会の宮本俊郎代表(67)=新宮町=は「先人が受け継いできた生活の証しを広く知ってもらうことで、この地域への関心や愛着が芽生える契機になればうれしい」と話す。

 講演会は21日午前10時から揖西町新宮の新宮公民館で開催。姫路市立手柄山温室植物園の松本修二園長が、手つかずに残る貴重な自然について語る。参加者を交えた座談会も予定。無料。参加申し込みは14日締め切り(当日参加可)。

 11月4日のウオークイベントでは旧道約3・5キロを歩き、元住民の案内で遺構などを見学する。菖蒲谷森林公園「西の峠池」駐車場に午前9時集合。無料。10月26日締め切り。(松本茂祥)

神戸新聞NEXT 2018/10/12 05:30
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