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【千葉】駅以外でも飛び乗れる…戦前の「おもちゃ列車」[10/15]


2018/10/15 23:38

模型を使って軽便鉄道八街線を紹介する(右から)岡野会長と相沢さん、立花さん(富里市立図書館で)=赤松正基撮影
https://www.yomiuri.co.jp/photo/20181012/20181012-OYT1I50025-L.jpg

 千葉県富里市七栄の市立図書館で、企画展「富里にも鉄道があった 〜幻のぽっぽ」が開かれている。1914〜40年に運行され、現在の成田市三里塚から富里市を経由して八街市までつながっていた軽便鉄道八街線の模型やジオラマなどが並ぶ。展示物を作成した市民団体「軽便鉄道を考える会in富里」の岡野肇会長(66)は「富里に鉄道が敷かれていたことを知ってもらい、町おこしにつなげたい」と意気込んでいる。

 富里市によると、八街線(13・8キロ)は、陸軍の鉄道連隊が演習で敷設した線路を活用し、千葉県営軽便鉄道として14年5月に運行を始めた。その3年前に開通した成田―三里塚―多古を結ぶ県営多古線(26年に八日市場まで延伸)の支線に位置づけられ、地域の利便性が大幅に向上した。

 線路の幅が600ミリと狭いことが特徴で、当初は小型の蒸気機関車を使用。富里には二つの有人駅が設置された。片道1時間ほどかけて客や農産物などの貨物を運ぶ列車は「おもちゃやマッチ箱のよう」と人気で、駅以外の場所から飛び乗る客がいたり、上り坂では客が降りて車両を押したりしたという。

 しかし、多古線、八街線とも赤字続きで、27年に県から成田電気軌道(現・千葉交通)に譲渡。速度アップと合理化のため、八街線にはガソリン車が導入された。駅周辺では飲食店や運送業者が軒を並べたが、富里―八街間に陸軍八街飛行場が建設されることになり、40年に廃止された。それ以来、富里に鉄道は通っていない。

 鉄道愛好家の岡野会長は「八街線を忘れ去られないようにしたい」と市の広報誌で仲間を募り、2015年11月に同団体を結成した。メンバーで八街線の歴史について調べ、模型やジオラマを作成し、市のイベントなどで発表してきた。

 メンバーの相沢直哉さん(83)は「線路用地は国有地が多く、スムーズに完成した」と経緯を語る。昭和初期の富里駅周辺の町並みをジオラマで再現した立花雅幸さん(59)は「当時のにぎわいや暮らしぶりを感じてもらえれば」と話す。

 今回の企画展は郷土への関心と理解を深めてもらうことが狙いで、市が打診して実現した。県立中央図書館から取り寄せた軽便鉄道関連の図書も並ぶ。

 同団体は八街線の歴史を紙芝居に仕立てて小学生に披露する活動にも取り組んでおり、岡野会長は「軽便鉄道に関するイベントや跡地を巡るツアーなども考えたい」と話している。

 企画展は11月28日まで。月曜日と10月25日は休館。問い合わせは富里市立図書館(省略)。

◆軽便鉄道=通常の線路幅(1067ミリ)より狭い鉄道。地方への鉄道普及を目的に1910年(明治43年)、線路や駅などを簡便に設けられるようにした軽便鉄道法が施行された。県内でも、12年に県営久留里線(現・JR久留里線)、16年に流山軽便鉄道(現・流鉄)などが相次いで開業した。

読売新聞 2018年10月15日 14時51分
www.yomiuri.co.jp

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