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【埼玉】なぜ秩父には神社が多いのか? その歴史からわかる人気の秘密[10/14]


2018/10/16 23:56

秩父今宮神社/秩父三十四観音霊場発祥の地とされる。武甲山という霊山があり、龍神木に洞があり、湧き水が出るという3条件を満たしたため、役行者が八大龍王を祀ったという(撮影/鈴木愛子)
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 都内から特急で1時間半ほどの秩父が人気だ。豊かな自然や観光スポットが多く魅力的な土地だが、注目すべきは三峯神社、聖神社、秩父今宮神社といった、あまたの神社だ。実はこの神社が、秩父が人々を惹きつける理由を知るうえで重要な存在だった。

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なぜ秩父には、これほど神社が多いのか。秩父市文化財保護審議委員会委員で秩父の文化と歴史に詳しい千嶋壽(ひさし)さんは、秩父という土地と歴史に注目する。

「秩父は山に囲まれた立地で、日なたと水のある場所に小さな集落が点在したからでしょう。食糧も十分でなかった時代、信仰は集落に必要不可欠でした。分散した集落一つ一つに神社と信仰があったということです」

 千嶋さんは、秩父の信仰を特徴づけるものは、山だという。

「奈良県の三輪山の麓にある大神神社が神体を三輪山としたように、秩父の神社の多くも本殿を持たず、山が神でした」(千嶋さん)

 三峯は雲取・白岩・妙法を、秩父今宮神社は武甲山を拝する。稲作文化が根付く前の時代からの信仰が、今につながっていると千嶋さんは考えている。

 また、奥秩父大滝は荒川、信濃川、笛吹川の水源があり、水の豊かな土地であったことも、人々の信仰を集めた。

「江戸時代には林業が盛んだった。豊かな山林から切り出された木材は、荒川を下り、江戸に届けられ、城や大名屋敷や町の資材になりました。その上流に、三峯があったのです」(同)

 漁業関係者による築地講、材木関係者による竪川講。江戸など下流域に住む人々が多くの三峯講を組織し、盛んに三峯へ詣でた記録が残っている。

 人口増加や火事に伴い江戸周辺で材木が不足すると、貞享2(1685)年、幕府は御林奉行を創設、林産資源の管理に乗り出した。かつての大滝村(現秩父市)全域は、勝手に伐採の行えない直轄の御林山に設定された。

「だから、豊かな原生林が今も残っているんです」(同)

 千嶋さんは、若い世代が興味を持って秩父へやってくることについて触れ、頬を緩めた。

「時代は巡るのかもしれません。ここへ来て耳を澄ませばわかることがたくさんあります。秩父は恵まれた土地。何か不思議が眠っているんですよ」

 その不思議に魅せられて、あるいはひと息つくために、秋深い実りの季節に、また秩父に行きたくなった。(編集部・熊澤志保)

AERA 2018.10.14 11:30
dot.asahi.com

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