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【熊本】発掘された「西郷どん」の新史実 最後の内戦、西南戦争[09/16]


2018/09/17 16:52

熊本城本丸御殿跡から出土した軍服のボタン
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180830004666_comm.jpg
熊本城の本丸御殿跡から出土した官軍のものとみられる拳銃「スミス&ウエッソン」
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180830004671_comm.jpg
山頭遺跡で出土した薬莢と弾丸
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20180830004659_comm.jpg

 元号が明治に変わって150年。NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」など、その時代に注目が高まっている。近代日本を方向付け、日本最後の内戦となった西南戦争。熊本城炎上や田原坂(たばるざか)の戦いについて近年、発掘の成果をもとに研究が進み、新たな史実が見えてきている。

 事件は、1877年2月19日に起きた。官軍がこもる熊本城の天守閣が「謎の失火」で焼失。薩軍(鹿児島軍)の工作員が火をつけたという放火説のほか、官軍関係者による失火説などが従来は唱えられてきた。

 出火元とされる本丸御殿跡を、熊本市が1999〜2006年に発掘。報告書を作る過程で新事実が判明する。御殿の中でも「小広間」と呼ばれる部分が激しく焼けており、詳細な火元がほぼ特定されたのだ。

 市文化振興課によると、小広間は出土品などからみて、官軍幹部の執務室だった可能性が高い。小広間が位置するのは御殿の一番奥。そこまでに火をつけやすい場所はたくさんあり、「工作員がわざわざそこまで潜入して放火したとは考えにくい」と同課の美濃口雅朗主幹は推理する。

 ではなぜ出火したのか。「特定の軍関係者以外は入れない場所から火が出、かなり離れた天守閣に延焼するまで有効な消火活動が行われた節がない。官軍の幹部が自ら火をつけたとみていいのではないか」。この説は昨年、熊本市で開かれた西南戦争に関するシンポジウムで発表され、大きな反響を呼んだ。

 官軍による自焼説は、熊本博物…

朝日新聞デジタル 2018年9月16日18時59分
www.asahi.com

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